Sadistic Mika Band ~ Live in London [日本のロック]
つまり僕は、基本的に洋楽至上主義です。
そんな嗜好の持ち主でありますが、Sadistic Mika Bandは良く聴きました。
最も良く聴いた日本のバンドの、上位5指に入ります。
リアルタイムではありませんでしたが、特に70年代のMika時代のアルバムを、
80年代(=高校時代)に良く聴きました。
ご存知のように、Sadistic Mika Bandのリーダーでもあった、
加藤和彦さんが、とても切ない形でお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りします。
忌野清志郎 個展 [日本のロック]
う~ん会社をサボって~、イェイ、こんな所↓に行ったんだよ~
http://www.lapnet.jp/eventinfo/special/lm/kiyoshiro/index.html
元々評判の高い本格的な絵に加え、
ステージ衣装、ツアーパンフやポスター、チャリ、小道具、などなど、ありました。
絵は、本格的。
旧いのでは、小学校5年生の栗原清志さんの作品がありました。とても上手。
ステージ衣装を眺めては、想像以上に小柄な人だったんだな~と。
Tears of Crownでの"Cheap Thrill"のパロディは有名ですが、
Stonesの"Some Girls"のジャケや、The Bandの"Moondog Matinee"中ジャケを
パロったツアーパンフ/ポスターの存在は知らなかった。
Orange号は、カッコいいが、二人乗りできないので、日隈クンの自転車の方が
良い場面があるかも。
Zerryのヘルメットはイケてる。
高校時代、各教科、何日サボれるか書いてあるノートは、最高に良かった。
緑のブタT、買ってしまった。
今度の日曜までです。
夏の十字架 ~ 忌野清志郎 (ラフィータフィー) [日本のロック]
忌野清志郎 ~ 永遠のバンド・マン [日本のロック]
いい事ばかりはありゃしない [日本のロック]
実話です。良かったら、曲に合わせて歌って、泣き笑いしてください。
-----------------------------------------------------------------
いい事ばかりはありゃしない
昨日は上野で、酔っ払い
居眠りばかりの、帰り道
何度も電車を乗り過ごす
渋谷で車掌に、起こされて
日吉を過ぎて、眼を覚まし
綱島あたりで、折り返し
日吉で電車を、乗り換える
乗り換え電車で、また眠る
目覚めて慌てて、降りてみた
足が痺れてるのに、気が付かず
コケた挙句に、捻挫した
痛くて立てずに、座ってりゃ
駅員不思議な、顔をする
ここはどこかと、見渡せば
日吉駅だと、書いてある
家人に愛想をつかされて、眠るだけ
-------------------------------------------------------------------
痛い・・・・・
訃報 ~ 忌野清志郎 [日本のロック]
とりいそぎ。言葉なし・・・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090502-00000100-mai-soci
以下、上記速報の翌日の追記です。
手抜きで申し訳ありませんが、
以前書いた、Pleaseの記事をリンクします。
今日は、彼に倣って、自転車(ママチャリですが)で少し遠出をしました。
そして、日野市からは、遥か下流ですが、多摩川の堤防から上流を望みました。
上を向いたら、丸子橋・・・・・
多摩ナンバー、川崎ナンバー、浜ナンバー、等々走っていたハズです。
Second Line ~ 久保田麻琴と夕焼け楽団 [日本のロック]
憂歌団 ~ 憂歌団 [日本のロック]
黒船 ~ Sadistic Mika Band [日本のロック]
昨日、サディスティック・ミカ・バンドの1stアルバムの事を書きましたが、忘れないうちに2nd、書いちゃえ。ご存知、「黒船」。日本のロック史に残る名盤のひとつでしょう。音は、センスが良く、スマートで、パワフル。クリス・トーマスがプロデュース。
まあ、いわゆるコンセプト・アルバムと言ってもいいんでしょうね。
「墨絵の国へ」で始まるアナログ時代のA面に、黒船が来るぞ、来たぞ! ってな曲を集めて(最も有名な曲を除いて)、B面に黒船後の文明開化を思わせる曲を集めた、って印象。
このアルバムからだけでなく、彼らのリリースした曲の中で最も有名であろう、「タイムマシンにお願い」は、日本製のブギ風のロックン・ロールの傑作だと思います。まあ時代も時代だったから、化粧や着ている服なんかも含めて、T-Rex/グラムの影響はあったんでしょうね。
個人的には、B面がとても気に入ってます。ファンキーな、「どんたく」や「塀までひとっとび」。その「塀までひとっとび」の後「颱風歌」が続くところなど、今でもゾクゾクしながら聴いてます。
ロキシー・ミュージックの一緒にイギリスを廻って話題になったのは、「黒船」より後だったと思います。でも、個人的には、非常にレベルの高い1stを出して、2ndの「黒船」で頂点に達し、あとはあっという間に坂を下り、加藤和彦とミカが離婚/解散、という印象を持ってます(リアルタイムでは聴いてませんが)。やっぱ夫婦仲が良い事は重要だ!
YouTubeで、「塀までひとっとび」や「ハイ・ベイビー」の古いライブ映像を見つけましたが、埋め込み無効でした。残念。ライブよりスタジオの方が圧倒的に良いバンドだから、まあいいか。
(「ハイ・ベイビー」の画像の加藤和彦が、遠目に見ると、風車をやらないピート・タウンゼンドみたい)
サディスティック・ミカ・バンド ~ Sadistic Mika Band [日本のロック]
今聴いても、とても良くできたロック・アルバムだと感心。スタジオでちゃんと作った良質なロックの音。シンセもなかなか上手く使ってます。80年代初頭(テクノ時代)にリアルタイムで聴いた、殆どの日本のバンドのアルバムよりよっぽどスキでしたね~。「怪傑シルバーチャイルド」なんて、今でもイケます。
ジャケットもとても洒落ててヨイ。曲名のセンスは、スキなのとそうじゃないのとありますが。。。
Wikipediaによると、バンド名の由来は、「プラスティック・オノ・バンド」のもじりだそうで、なるほど。
当初国内ではあまり売れなかったけど、ロンドンで話題になって、コレを聴いたクリス・トーマスが、あの有名な2ndアルバムのプロデュースをかって出たとの事。
(2ndアルバムの事はそのうち書こう)
Please ~ RC Succession [日本のロック]
僕にとっては、一時期のアンセムみたいなアルバムでした。それから25年以上経った今でもかなりコレの後遺症が残っています。確か出たのが1980年。この頃に中学、高校生だったロック好きのBoys & Girlsの皆さん、懐かしいでしょ!
当時、
「トランジスタ・ラジオ」みたいにけむり出して音楽聴いて、もう少ししたら「モーニングコール」や「ターラッタター」みたいな事ができるかな~なんて妄想に耽り、そうそうこれが「TV局のプロデューサー」に言いたい事だ、
な~んて気分でした。
ホーンでサポートしていた、生向委、音も名前も良かった。
これが出た直後に、タモリの番組だったか、今夜は最高だったか(もしかして同じ?)で、RCが出てPleaseから何曲かやってくれた。「あきれて物も言えない」で、イマーノさんが、逆手に(左手の甲を上にして、人差し指が右側にくるように)ネックを握って、指一本でギター弾いていたのがとても印象に残っています。あと、「Sweet Soul Music」やら、「ボス」やらやってた。
ビデオ録ったんだけど、今、どこにあるのかな~。当時我が家はベータマックスだったから、どうせ今は観えないケド。
老眼が始まって、CDサイズの裏ジャケや、歌詞カードを読むのに苦労する今でも、
仕事をサボってタバコのけむりを空に溶かしたり、
衣替えの時に、ヨメに「コーデロイと言いなさい」と罵られようが、「やった、コールテンのズボンの季節だ」
と喜ぶ次第です。
サラリーマンをやっていて、当時以上に、身にしみるようになったのが、「いい事ばかりは ありゃしない」。
・・・・
昔にくらべりゃ 金も入るし
ちょっとは倖せそうに 見えるのさ
だけど 忘れたころに ヘマをして
ついてないぜと 苦笑い
金が欲しくて働いて 眠るだけ
・・・・
歌詞カードの裏には、"PLEASE, play it loud"